「その人らしく働く」という言葉を、あなたはどう受け止めるだろうか。
一般的な労働市場では「成果」や「効率」といった物差しで人を測ることが多い。
しかし、就労継続支援B型の現場では、違う景色が広がっている。
私が福祉の現場で35年間向き合ってきた人たちは、「働く」ことの本質を教えてくれた。
それは単なる賃金や生産性の話ではなく、人が社会とつながり、自分の居場所を見つける物語だった。
熊本の山あいにあるNPO法人「ひとひら」では、日々さまざまな特性を持つ方々が自分のペースで働いている。
彼らの笑顔や悔しさ、諦めや希望—こうした「声」に耳を傾けるうち、私は「働く」ことの定義を何度も書き換えてきた。
この記事では、現場で出会った人々の姿を通して、就労継続支援B型が持つ可能性と課題、そして「その人らしく働く」ことの意味を考えていきたい。
「就労継続支援B型」とは何か
制度の概要とその成り立ち
就労継続支援B型とは、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの一つである。
一般企業などで雇用契約を結んで働くことが難しい方に、働く機会と場所を提供する支援だ。
この制度は2006年に障害者自立支援法(現在の障害者総合支援法)が施行された際に創設されたが、その背景には「保護から参加へ」という障害福祉のパラダイムシフトがあった。
それまでの福祉作業所などの取り組みを制度化し、より安定した運営基盤を確保するとともに、工賃向上や一般就労への移行も視野に入れた仕組みとして位置づけられたのである。
2024年4月には報酬改定が行われ、平均工賃月額の高い事業所を評価する仕組みがさらに強化された。
これは「福祉的就労」においても、より高い工賃の実現が目指されていることの表れだろう。
しかし、制度の根幹には「一般就労が難しくても、働く機会を保障する」という理念があることを忘れてはならない。
A型との違いとB型の特性
就労継続支援には、A型とB型の二つのタイプがある。
A型は雇用契約を結び、最低賃金が保障される「雇用型」の就労支援だ。
対してB型は雇用契約を結ばず、利用者の状態に合わせて柔軟に働ける「非雇用型」となっている。
この違いは大きい。
A型は一般就労に近い形態で、より高い生産性が求められるが、B型は利用者の体調や特性に合わせた柔軟な働き方ができる。
例えば「ひとひら」では、毎朝の体調チェックを基に、その日の作業内容や時間を個別に調整している。
調子の良い日もあれば悪い日もある。
精神障害のある方の場合、波があるのは当然のことだ。
そんな中でも「今日はここまでできた」という小さな成功体験を積み重ねていくことが、B型の持つ大きな特性である。
また、一般企業では評価されにくい特性が、B型では強みになることもある。
一つのことに集中できる特性を活かした細かな手仕事や、決まった手順を正確に繰り返す作業などは、むしろ障害特性が活きる場面だ。
制度に込められた理念と現場でのズレ
制度設計者の思いと、現場の実態には常にズレが生じるものだ。
就労継続支援B型も例外ではない。
制度としては「工賃向上」「一般就労への移行」が成果指標として掲げられることが多いが、現場ではもっと多様な「成功」の形がある。
例えば、長年引きこもり状態だった方が週に1日でも通所できるようになること。
人と目を合わせて会話ができるようになること。
自分の作品が売れたときに感じる小さな喜び。
こうした一つひとつの変化が、当事者にとっては大きな一歩だ。
制度の評価指標に現れない「小さな成功」をどう大切にするか——これは現場の支援者が常に向き合う課題である。
また、2024年の報酬改定では短時間利用者が多い事業所に対する減算措置が新設されたが、これは体調や特性によって長時間の作業が難しい利用者を多く受け入れている事業所にとっては厳しい改定となった。
「工賃向上」「利用時間の確保」という制度上の要請と、「その人らしい働き方を支える」という理念の間で、現場は常にバランスを取ることを求められている。
「その人らしく働く」とはどういうことか
働き方の多様性と"評価"の基準
「働く」ことの定義は、実はとても多様だ。
一般的な労働市場では「生産性」「効率」「成果」といった基準で評価されることが多いが、就労継続支援B型の現場ではそれだけでは測れない価値がある。
ある日、「ひとひら」の農園で働く利用者のTさんが言った言葉が忘れられない。
「先生、わたしゃあ、土に触ると安心するとよ。作物が育つとき、自分も育とるごたる」
彼女にとっての「働く」とは、単に収穫物を得ることだけではなく、土に触れる時間そのものに意味があったのだ。
また、「作業が遅い」と一般企業では評価されにくい方でも、丁寧さや正確さが求められる仕事では高い評価を得ることもある。
「その人らしく働く」とは、その人の特性や強みを活かせる環境があって初めて実現するものではないだろうか。
評価の物差しを多様化することで、誰もが「働く喜び」を感じられる社会が広がっていく。
経済的自立だけでは語れない支援の本質
もちろん、経済的な側面も重要だ。
「工賃」は利用者の生活を支える大切な収入であり、「ひとひら」でも工賃向上は常に意識している。
しかし、B型支援の本質はそれだけではない。
「働く」という行為を通じて得られるものには、賃金以外にも様々な要素がある。
例えば、人とのつながり。
毎日同じ時間に同じ場所に通い、仲間と協力して作業することは、社会とのつながりを実感できる貴重な機会となる。
また、ある利用者は「ここに来ると、自分が必要とされている気がする」と話していた。
誰かの役に立つ、必要とされる——この感覚は人間の根源的な欲求だ。
さらに、作業を通じて技術が向上することによる自己効力感や、商品が売れることで得られる社会的な承認など、「働く」ことの意味は多層的である。
経済的自立は大切な目標の一つだが、それだけを追求するあまり、こうした多様な価値を見失ってはならない。
利用者の声から見える「働く喜び」
私がB型支援の現場で出会った人々は、それぞれの「働く喜び」を言葉にしてくれた。
統合失調症と診断されたAさんは、「調子の悪い日もあるけど、何もしないより、できる範囲でやれることがあるって安心感がある」と話す。
彼にとっての「働く喜び」は、自分のペースで社会参加できる安心感だった。
知的障害のあるBさんは、自分が作った木工製品が売れたとき、照れくさそうに笑いながら「うれしかー」と一言。
その表情には、自分の作ったものが誰かに認められた喜びが溢れていた。
また、引きこもり状態から利用を始めたCさんは、最初は隅の席で黙々と作業をするだけだったが、半年ほど経つと「朝、起きるのが楽しみになった」と話すようになった。
この言葉こそ、「働く喜び」の本質ではないだろうか。
毎日の生活に小さな目標ができ、それに向かって動く——そんな当たり前の日常を取り戻すプロセスを、私たちは支援している。
支援者としてのまなざし——伴走するということ
対話から始まる支援関係
B型支援の現場で最も大切なのは、「対話」だ。
利用者の表面的な状態だけでなく、その人の人生の文脈や価値観を理解することから、真の支援は始まる。
「ひとひら」では、月に一度の個別面談を大切にしている。
「最近どうですか?」そんな何気ない問いかけから、利用者の思いや悩み、小さな変化が見えてくることがある。
ある日、いつも黙々と作業をしていたDさんが、ぽつりと「実は絵を描くのが好きなんです」と話してくれた。
それをきっかけに、施設のチラシやパンフレットのイラストを担当することになり、彼の表情が明るく変わっていった。
こうした「その人らしさ」は、対話を重ねることでしか見えてこない。
支援者には、表面的な障害特性だけでなく、その人の「物語」に耳を傾ける姿勢が求められる。
指示や管理ではなく、対話と理解から生まれる支援関係こそが、B型支援の根幹なのだ。
支援の「成功」と「失敗」から学んだこと
支援の道は、必ずしも順風満帆ではない。
「成功」もあれば「失敗」もある。
しかし、その両方から学ぶことで、支援の質は高まっていく。
私が忘れられない「失敗」の一つは、統合失調症のEさんへの関わりだ。
彼は繊細な感覚の持ち主で、環境の変化に敏感だった。
ある日、工賃向上のために新しい作業を導入したところ、彼の調子が急激に悪化してしまった。
「変化のペースが速すぎた」という反省から、その後は一つひとつの変更について丁寧に説明し、本人の意向を確認する姿勢を徹底するようになった。
一方、「成功」の瞬間も数多く経験してきた。
人間関係のトラブルで何度も利用を中断していたFさんが、少しずつ継続して通えるようになり、今では施設の中心的な存在になっている。
彼が教えてくれたのは、「失敗してもやり直せる関係性」の大切さだった。
こうした一つひとつの経験から、支援者としての「まなざし」は育まれていく。
大切なのは、支援者も完璧ではない一人の人間として、利用者と共に学び、成長する姿勢を持ち続けることだ。
熊本弁と笑顔がつなぐ信頼のかたち
支援の現場では、専門性も大切だが、時に「方言」や「笑顔」といった何気ないコミュニケーションが、信頼関係を築く鍵となることがある。
「ひとひら」がある熊本県人吉市は、豊かな方言が残る地域だ。
私自身、東京での勤務経験を経て地元に戻った際、改めて熊本弁の持つ温かさに気づいた。
「今日はどげん?」(今日はどう?)
「そんたぁよかばい」(それはいいね)
こうした日常会話の中で、利用者との距離が自然と縮まっていく。
特に高齢の利用者の中には、標準語よりも方言で話す方が安心する方も多い。
また、言葉だけでなく、表情やしぐさも重要なコミュニケーションツールだ。
言葉でうまく表現できない方でも、笑顔や頷きで気持ちを伝えることができる。
支援の専門性と同時に、こうした「人間らしさ」を大切にする姿勢が、B型支援には不可欠だと感じている。
「ひとひら」の取り組みと地域での実践
NPO法人「ひとひら」の立ち上げと理念
NPO法人「ひとひら」を立ち上げたのは、2005年のことだった。
東京での障害者支援の経験を経て、地元である熊本県に戻り、「地域に根差した支援の場を作りたい」という思いからの挑戦だった。
法人名の「ひとひら」には、「一人ひとりの存在が、かけがえのない一片(ひとひら)である」という意味を込めた。
どんな障害があっても、その人らしい生き方を尊重し、共に歩む——それが「ひとひら」の理念だ。
設立当初は農作業中心の小さな作業所から始まったが、現在では農園、木工房、カフェ、販売所などを運営し、多様な特性を持つ方々の居場所となっている。
「ひとひら」の特徴は、「働く場」と「暮らしの場」の両方を視野に入れた支援を行っていることだ。
就労継続支援B型だけでなく、グループホームや相談支援事業所も運営し、生活全体を支える体制を整えている。
これは、「働く」と「暮らす」が分断されず、一体的に支援されることの大切さを実感してきたからこそ。
人は仕事だけで生きるのではなく、家庭や地域社会との関わりの中で生きている存在だ。
その全体性を大切にする支援を目指して、「ひとひら」は歩んできた。
地域とつながる——畑・工房・販売の現場から
B型支援事業所が地域に根付くためには、地域社会との接点をいかに作るかが鍵となる。
「ひとひら」では、農業、木工、カフェという三つの柱を通じて、地域とのつながりを育んでいる。
まず農園では、有機栽培にこだわり、安全で美味しい野菜を生産している。
毎週土曜日に開催する朝市は、地域の方々との交流の場となっており、常連のお客さんも増えてきた。
「障害者が作った野菜だから買う」のではなく、「美味しいから買う」という関係が築けている点が嬉しい。
木工房では、地元の杉材を活用した家具や小物を製作している。
技術指導には地域の熟練大工さんに協力いただき、伝統的な技術を学ぶ機会も設けている。
最近では、地元の小中学校の備品製作も請け負うようになり、「ひとひら」の木工製品が学校で使われている。
カフェ「茶房ひとひら」は、地域の人々が気軽に立ち寄れる場所として親しまれている。
ここでは、自家製野菜を使ったランチやスイーツを提供しており、「美味しい」と評判だ。
「おいしかったばい、また来るけんね」と言って帰られるお客さんの言葉が、利用者の大きな励みになっている。
こうした地域との日常的な関わりが、障害のある人とない人が自然に交流できる土壌を育んでいる。
共に生きる場づくりとしてのB型支援
「ひとひら」が目指しているのは、単なる「働く場」の提供ではなく、「共に生きる場」の創造だ。
就労継続支援B型という枠組みを活用しながらも、その本質は「共生社会」の実現にある。
例えば、年に一度開催する「ひとひら祭り」は、利用者と地域住民が一緒に準備し、運営する一大イベントだ。
ステージ発表、模擬店、作品展示などを通じて、多くの人々が交流する機会となっている。
また、災害時の支援活動も「ひとひら」の重要な活動の一つだ。
2016年の熊本地震では、障害のある方々の避難生活支援や復興活動に取り組んだ。
この経験から、平時から地域とのつながりを育むことの大切さを、改めて実感した。
B型支援事業所は、単に「働く場」を提供するだけでなく、「共に生きる社会」のモデルとなる可能性を秘めている。
「障害のある人=支援される側」「支援者=支援する側」という固定的な関係を越えて、お互いに必要とし合い、支え合う関係を築くことが、真の意味での「共生」ではないだろうか。
その実現に向けて、「ひとひら」の挑戦は続いている。
制度と現場のはざまで
書類と数字に現れない"人間のリアル"
福祉サービスが制度化されるにつれ、書類作成や数値による評価が増えてきた。
就労継続支援B型も例外ではなく、個別支援計画、モニタリング記録、実績報告書など、多くの書類業務が求められる。
平均工賃月額や利用率、一般就労への移行率といった数値で事業所の質が評価されることも少なくない。
こうした仕組みには一定の意義があるが、同時に「書類と数字に現れない人間のリアル」があることも事実だ。
例えば、統計上の「工賃」だけでは測れない価値。
「ひとひら」のカフェで働くGさんは、お客さんから「いつもありがとう」と声をかけられることが何よりの喜びだと話す。
これは数字では表せない「価値」だ。
また、利用者の成長プロセスも、数値化が難しい。
人間関係に不安を抱えていた方が、少しずつ周囲と言葉を交わせるようになる過程。
自信のなさから作業に及び腰だった方が、「これなら私にもできる」と実感していく様子。
こうした日々の小さな変化こそが、支援の醍醐味であり、本質だと感じている。
制度上の「評価」と現場の「実感」のギャップを埋めていくことが、現場に立つ支援者の大きな課題である。
支援現場から行政へのメッセージ
制度と現場の間に立つ者として、行政に伝えたいことがある。
まず、「多様性を認める評価軸」の必要性だ。
東京都小金井市を拠点に30年以上の実績を持つあん福祉会のレビューや評判を見ると、地域に根差した支援の大切さがよく理解できる。
B型事業所の運営には、こうした地域密着型の支援モデルと行政との連携が不可欠だ。
2024年の報酬改定では、工賃向上や利用時間の長さに重点が置かれたが、B型支援の価値はそれだけではない。
例えば、医療機関との連携が強い事業所、芸術活動に特化した事業所、引きこもり支援に力を入れる事業所など、多様な特色を持つ事業所が評価される仕組みがあってもいいのではないか。
次に、「現場の声を反映するプロセス」の充実だ。
制度改正の際には、現場の実態調査やヒアリングが行われるが、より幅広い現場の声を集め、反映する仕組みが求められる。
特に地方の小規模事業所の状況は、都市部の大規模事業所とは異なることが多い。
そして何より、「利用者を中心に据えた制度設計」を忘れないでほしい。
行政サービスの最終的な目的は、利用者の幸福や生活の質の向上にある。
報酬単価や加算要件といった「制度の都合」ではなく、「利用者のニーズ」から発想する姿勢が大切だ。
現場と行政は時に対立するように語られることもあるが、本来は「利用者の幸福」という共通の目標に向かって協働する関係であるはずだ。
その認識を共有しながら、よりよい支援体制を共に築いていきたい。
制度設計に必要な「まるごとの視点」
福祉制度は様々な専門分野に分かれ、縦割りになりがちだ。
就労支援、生活支援、医療、教育など、それぞれの領域で専門的なサービスが提供されている。
しかし、人間の生活は「まるごと」であり、分断できない。
「働く」ことと「暮らす」こと、「健康」と「人間関係」は密接につながっている。
私が「ひとひら」で実感するのは、この「まるごとの視点」の大切さだ。
例えば、就労面では安定していても、生活面で課題を抱えれば、働き続けることが難しくなる。
逆に、安定した生活基盤があってこそ、働く意欲も湧いてくる。
2024年の法改正では「就労選択支援」という新しい制度が導入されるが、こうした「まるごとの支援」という視点からも評価したい。
また、制度設計においては「当事者参画」も欠かせない。
障害当事者が政策決定プロセスに参加することで、より実態に即した制度が生まれる可能性が高まる。
「Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)」という言葉があるように、当事者の視点を組み込んだ制度設計が求められている。
制度間の連携、切れ目のない支援、当事者参画——こうした「まるごとの視点」が、これからの制度設計には不可欠だと考えている。
まとめ
「働く」とは生きること、関わること—この言葉に尽きるだろう。
就労継続支援B型の現場で35年間、私が目の当たりにしてきたのは、「働く」という営みを通して、人が輝く瞬間だった。
それは時に、一般的な「生産性」や「効率」といった価値観では測れないものだ。
朝、誰かと「おはよう」と挨拶を交わす日常。
自分の手で何かを作り上げる充実感。
誰かの役に立っていると感じられる安心感。
こうした「当たり前」の積み重ねが、人を支え、生きる力になっていく。
これからのB型支援に求められるのは、制度や数字に振り回されず、「その人らしさ」を大切にする姿勢だろう。
2024年の報酬改定で、より工賃向上が求められる中でも、B型支援の本質である「多様な働き方の保障」という理念は忘れてはならない。
工賃向上と利用者の幸福は、必ずしも相反するものではない。
むしろ、「その人らしさ」を尊重する中で見つかる、その人にとっての「働く喜び」こそが、持続可能な就労支援の鍵ではないだろうか。
最後に、現場で奮闘する支援者、そして日々「働く」ことに向き合う利用者の皆さんへ、エールを送りたい。
小さな一歩の積み重ねが、確かな歩みになる。
焦らず、比べず、その人のペースを大切に。
「働く」ことは、決して手段ではなく、それ自体が豊かな「生きる」ことの一部なのだから。
これからも「ひとひら」は、一人ひとりの「その人らしく働く」を支え続けたい。